書道は、社交苦手さんにも安心の習い事だと思う。

大人になって、ウン十年ぶりに習い始めた書道ですが、子どもの頃のお習字では感じなかった面白さや良さを感じることがあります。今回は、“字が上手くなる”という目的以外での話。
※以下、他の教室のことはわからないので、あくまで個人の経験に基づく感想でございます。

そのひとつは、「複数の人が集まる環境にいながら、一人の世界に没頭できる」というところ。「“仲間!”とか“グループ!”みたいなアツい人間関係は苦手だけど、ひとりぼっちじゃがんばれない」とかのたまう私のような面倒な人間にも、うってつけの習い事です。

書道の魅力はそこじゃないだろう!と言われてしまいそうですが、こういうことが結構、習い事を始めるか・続くかを決めるポイントだったりもしませんかね
shodo-fude

お稽古は、団体でおこなう個人競技

書道は基本的に個人で作品を書く行為であり、その教室が「パフォーマンス書道でみんなで全国目指す!」とかいう熱い方針でない限り、上手かろうが下手だろうが、他人に迷惑をかけずに済みます

さらに言えば、他のお弟子さんとの関係にしても「仲良くしなきゃ!」とか「嫌われたらどうしよう!」とか過度に心配してアドラー心理学の本を読みあさる必要もありません。

いつのまにか溶けこめてる

かといって、同じ教室にいて全く言葉を交わさないこともないので、適度な距離感で居心地の良い空間と感じられると思います。そう思っているうちに、気がつけば何も考えずにおしゃべりできる仲になっていたりします。

年代も書道歴も様々ですが、「書」という共通の趣味・目的で毎週のように会っていれば、徐々に親しくなってきます。でもあくまでもここで言いたいのは、「溶け込まなきゃいけない、という強迫観念を持たなくていい」というところです。もし親しくならなかったらそれはそれで全く問題ない、そう考えたら気楽です。

墨と紙とお手本、の世界

教室に入り準備を済ませれば、自分と書との対峙です。教室に来るまでは「あ〜今日の夕飯どうしよう」とか「あの求人、やっぱ応募しといた方がいいかなぁ」とか、いろんな雑念でいっぱいなわけです。しかし、不思議なことに、筆を取って真っ白な半紙と向き合えば、頭も気持ちも目の前の文字に集中します

パソコンも携帯もない空間で、畳に座り(畳じゃない教室もありますが)、硯に墨を擦ります。そして、ただひたすらお手本のような美しい筆遣いがどうしたらできるのかを考えながら、一画の角度やはね、はらいに気をつけて練習すると、時間はあっという間に過ぎていきます。

先生に添削してもらい、お稽古を終え外に出ると、集中が切れてどっと疲れを感じますが、同時にいつも清々しい気持ちになります。これをまさに気分転換というのでしょうが、週に2時間ITから離れ、墨の香りの空間で、わいわいしながら一人で一事に集中できる。そんな書道教室に通うのはなかなか楽しいです

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