書道はわざわざ教室に通って習う価値があると思う。ちょっと遠くても。

なんでも通信教育やオンラインで学べる今日このごろ。書道もその例外ではなく、書道教室にわざわざ足を運ばなくても、郵送で添削や提出ができるところも多いです。

確かに、教室に通うとなると、毎週または月に数回スケジュールを空けておかなければいけないし、通う時間もかかるわけで。忙しい方には便利でしょう。しかし、あえてわざわざ通うことにも意味があるなーと実感しています。

和室

その1.さぼらないで続けられる

「いきなりそのレベルかい!」というため息まじりの呆れ声が聞こえてきそうですが、いやいやちょっとお待ちくだされ。これは本当に大きいと思うんです。定期的に「通う」ことで、自分のスケジュールに自動で「書道のための時間」が作られることになるわけです。

第一、「習いたい先生が遠方にいる」とか、「家を一歩も出られない」などのやむを得ない事情がない限り、忙しくて通う時間がないことが理由で通信受講にするということは、すなわち家で書道に時間を割くことも難しい状態なのではないでしょうか。

しかも、家でひとり、硯と墨・筆、下敷きと文鎮を出して・・なんて、準備だけでも気が遠くなりませんか。しかもそこに先生はいません。後片付けまで終えるころには、次回を思うと気が重くなってしまうかも。

ちなみに私は家でも練習やりますが、お恥ずかしながら、やるのはたいていお稽古の前日です。明日作品を持っていかなきゃ!というプレッシャーがないと、準備の山すら越えられません・・・。

通信はもちろん手軽で便利ですが、その分個人の意思力が必要です。多忙で毎週は行けなくとも、あえて通う、という選択肢をぜひご一考いただきたい、と思う次第であります。
・・・とこんなに強調するのは、実は自分が過去に通信で一度も提出せずフェイドアウトという失敗経験があるからなんです。私のような意志薄弱な人間ではなく自主自律ができる方は、この趣旨の限りではございません。(ぺこり)

その2.先生のビューティフルな作品を鑑賞できる(かも)

教室に通うと、まず先生からの直接指導が受けられ、筆遣いをライブで見ることができます。これはまぁ当たり前の話ですが、もう一つ、先生によっては創作中の作品を見せてくれることがあります。これはもう眼福でございます!の一言です。

教室の先生も毎月作品を提出しますし、書道展への創作やお手本用の臨書など、驚くほどたくさんの作品を創っています。そういった、提出前の作品や構想段階の試作品を見せてもらえる機会があるかもしれません。

初心者が見ると「どれもスゴい!」としか思えませんが、先生が「これはここの強弱が被ってしまい見栄えしない」とか「この線をもっと太くすれば良かった」とか解説してくれて、ちょっと作品を見る目が養えた気になります

なにより大きいのは、「こんな書がかけるようになりたい!」というモチベーションアップにつながることです。いつも「ボツの作品いただきたい・・」とつぶやきつつ(それはムリ)まだまだ奥の深い世界だと思い知るのであります。

その3.先生と先輩方の会話で、この先の道のりが見えてくる

新人で入ると、周りは師範間近の先輩ばかりのこともあるかと思います。その先輩方の書いている作品や先生の指導を耳にしていると、この先どんなことが待っているのかを感じ取ることができます

自分が基本の楷書・草書を半紙に練習している横で、なにやら読めない字で大きな作品を創っているお弟子さんがいる。自然と「自分もこんなのをそのうち書くようになるんだー」と想像したり。王羲之(おうぎし)とか顔真卿(がんしんけい)とか、昔の有名な書家の名前も飛び交うので、少しずつ知識が増えたり。

先日面白かったのは、顔真卿の臨書作品について先生が特徴を解説していた際「大河の”軍師官兵衛”の題字でも顔真卿の書法が用いられているわね」という話があったこと。

臨書を極めてこそオリジナルの創作を生み出せるのか!と学ぶ一方で、そんなことがわかるのがなんかカッコイイ、私も「これは顔真卿の書法ね〜」とか言ってみたいとかしょーもないことを思ったのでした。

そんなこんなで、教室に通って教わることは、直接添削してもらうだけじゃなくいろいろ刺激があり面白いと思うので、習い事を始められる際はぜひご一考いただければ、というお話でした。

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